日別アーカイブ: 2017年12月14日

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「あれ?今日どしたの、川本は?」

「しらねぇ。休みじゃね?」

「いや、あそこ座ってんじゃん。普通に来てるよ…そうじゃなくて、いつも一緒に座ってんじゃんどうしたのって意味で聞いた」

ペンをイライラと忙しなくノートに走らせる手を止めさせた橋田の顔を、俺は見上げて睨み付けて答える。適当すぎる返答がツボに入ったらしく、半笑いになりながら橋田は俺の隣へ座る。質問に答える気がないと分かったのか、無視をしてもそれ以上の追及はなかった。

暫くして講義が始まると、講師の老人の聞き取り辛いしゃがれ声とそれをかき消すような女子達の(一応はひそめているらしい)喋り声がホールに響く。

真面目に講義など受ける気にもならない俺はただ、悪戯にノートに線や丸を描いて繋げていく。

こつん。

背中に当たった小さな感触に気付いて嫌な予感が頭によぎる。顔を横に向け、視線だけで背後を見ると、やはりアイツがいつものニヤニヤ顔でこちらを見ていた。

ーー胸糞悪ぃ。

おおよそペンでも投げ付けたんだろうと見当を付けて辺りを見下ろすと、足元に紙が巻かれたハイテックが転がっていた。

「はしだ、はーしーだ、それ悪いけど拾って。なんて書いてある?」

小声で隣の橋田に声を掛け、ペンを拾わせた上でメモも読み上げさせた。

「昼飯後、中庭ベンチ、来ないと死…って書いてある」

馬鹿じゃねぇのかアイツは。そう思いながら橋田に礼を言い、メモを受け取った。

痴話喧嘩はやめろよ、と付け足す橋田の声が聞こえる。何を言ってんだ。痴話喧嘩な訳がない。それを証明する為にもあいつの言い分くらいは聞いて、その上でガツンと言ってやる必要があるかもしれない。

冷静に考え直した俺は、不愉快極まりないが昼休みの呼び出しに応じる事にした。

love through the glass.

そう。俺は怒っている。

この怒りの始まりは…先週の金曜日だった。いつものように川本の阿呆がイースターエッグのお祭りをやろうと言い出した。11月だというのにも関わらず、だ。

そしてどこからともなく阿呆な男女が集まって来て9人になった。当然のように俺も参加していた。…と、言うよりはいつも俺と川本がセットで行動していたため、当然のように巻き込まれた…と言うのが正しい。

川本の阿呆は会が盛り上がってきたところで王様ゲームをやろうと言い出した。隠したたまごを探したりするんじゃねぇのかよと思いつつも流れに逆らえず参加し…何故か俺は運悪く引いた数字の呪いによって川本と「ガラス越しのキス」をする羽目になった。

まさかこの為だけに用意したんじゃねぇかと思うようなプラスチック製の透明板を挟んで、俺と川本はーーその瞬間、俺の唇が触れたものは、無機質なプラスチックの板ではなかった。

温かな、人肌の柔らかさだった。川本は、キスの瞬間に板をずらし、本当に俺とキスをしていた。

女性陣の黄色い声と男達の「ウェッ」というわざとらしい声が遠巻きに聞こえて…

その後のことはよく覚えていないが、俺は1人でキレて帰った気がする。それ以降、土日を挟み3桁を超えた川本からのラインをいまだ既読にしないまま俺は大学へ来た。そして今に至る。

「あーっ!やっと来た!おっまえ何でライン無視すんの?俺だって暇じゃないんだよ?なのに送ってんだぞ?」

「いいから用件を言え」

中庭の人気のないベンチに座って俺を待っていた様子の川本は、相変わらず阿呆ほどノリが軽い。隣に座る様子を見せない俺に痺れを切らせて、川本は話の続きをし始める。

「いやー、だからこないだの事だろ?キスだろ?怒ってんだろ?ちゃんと説明してやろうと思ってさぁ」

「…」

「えりちゃんいるじゃん、えりちゃん。英科の」

「は?」

「来てただろーがぁ、この前ー」

「知りもしない女の事なんて覚えてるわけねぇだろ」

「えぇー、一番可愛かった子だよ、セミロングの。ハーフ顔でさ」

「良いから続きを話せ」

「だからぁー、そのえりちゃんを狙ってるヤツがいてー。加瀬ってヤツなんだけど。同じく英科の」

「…」

だんだん怒りから情けなさに変わって来て、拳がぶるぶると震え出す。泣きたくなるようなこの気持ちはなんだ。

「えりちゃんがさ、なんと俺を狙ってるってその加瀬クンが言うわけよ。それでーああいう作戦に出たわけ」

「作戦だ?」

「わかんねぇ?男同士のキスをさぁ、見せてさぁ、俺から諦めさせようとかって、そういう系のアレ」

「その為に仕組んだわけか、お前は」

「まぁそうなんだけどー…たかがキスじゃん?何をそんなキレちゃってんのって…」

ばきっ

あまり聞き慣れない音が響いて、俺の右拳が奴の左頬にヒットしたのだと気付く。川本は倒れそうになる上体をベンチに手をついて支え、ぽかんと口を開けて地面を見ていた。

ーー殴られた顔も阿呆だ。

「たかがキスで何でここまで怒ってるかって?俺が知りてぇよ!」

吐き捨てるように言ってその場を去る。このままあの場にいたら情けなく泣き出してしまうかもしれないからだ。

答えは出ずとも、俺はこれだけは気付いてしまった。ヤツのこの呼び出しに、何か意味があると期待していた自分に。

じんじんと、後になって思い出したように傷みだす右拳の事を、なるべく考えないようにしながら俺は大学を後にした。

 

 


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