郵便受けから図々しくもはみ出した、その見覚えのある紙を蓋を開ける事なく忌々しげに抜き取った。
『タカセ ノブヤ様宛て』
やっぱりか。吐き出された白い吐息と共に「チッ」という舌打ちが空を舞って消えた。
受け取り主不在を告げる通知に書かれた電話番号に、今年何度目かの電話をかけようとして、手が止まる。
ーーもう流されるのはこりごりだ
Supernova explosion
そのまま×ボタンを押して消去消去消去…その代わりに、何を見るでもなく自然と出てくる数字の並びを打ち込み、スマホに耳を当てる。
「…お、届いてた?」
「届いてねぇよ馬鹿じゃねぇのか。何度俺んちに荷物を注文するなって言ったと思ってんだ。自分で電話を掛けに来いよ」
「あいあーい。んじゃ今か…」
恐ろしく軽いノリの返答に不快感が高まり、最後まで言葉を聞く事なく通話を切る。
「このカーメラ欲しくてさー!一眼レフ。やっと届くわ」
「…先週、俺は、お前に、二度と、そのツラを見せんなと、言ったはずだな?」
馬鹿面引っさげてやってきた信哉の電話が終わるのを待ち、こいつの頭でも理解が及ぶようにゆっくりと伝えてやる。
「えーだって…オレ別れたつもりねんだもん」
嗚呼この鳥頭を引っ叩きたい。
二年半という時間、確かに俺達は恋人として過ごして来た。しかしこいつのこの常識のなさ、いい加減な態度、更には恋人の誕生日すら忘れてしまうような鳥頭っぷりに愛想をつかせて、俺は先週こいつと大喧嘩の末別れたのだった。いや、別れた?つもりだったのに!
「どういうことだよ、お前”分かった”つったじゃねぇか」
「いや、別れてぇ気持ちは”分かった”つう意味」
「ハァ!?」
「だってまだ好きだし…」
「うるせぇよ、別れたっつったら別れたんだよ!用が済んだら出てけよ!」
くそくそッ何でいつもこうなるんだ。気付けばあいつのペースに巻き込まれる…。別れ話すらまともに出来ない頭だったのかと絶望しながら、その場を追い出した。もう金輪際あいつとは関わらないーー
ーーそう思ったはずなのに。
翌週、再び俺は玄関先で、届けられた荷物に重い溜息を吐く事になる。
「どういう事なんだよ…これは」
「えぇ?毎号届くタイタニック号のプラモ…」
「で?これが隔週、”うち”に届くのはなぜなんだ」
「だって申し込んだの月頭だったんだもーんしゃあなくね??別れ話よそくできませーん!」
「何号あるんだこれ」
「えーと、ひゃ、100巻くらい」
「百!?」
パシャッ
突然向けられた眩い光に、何が起きたか分からず目を閉じる。
「わはは、壮平くん変なカオ」
バチィッ
これ見よがしに首から下げた一眼レフで間抜け面を撮られた事に気付いた俺は、間髪入れず馬鹿の顔に一発入れてやった。
「ふざけるのもいい加減にしろ!俺はお前の顔なんか見たくないと何度言ったら…」
「…だったら何でいちいち俺に荷物の受け取りさせに来させるワケ?」
「は…俺は、テメェのした事の尻拭いはテメェでしろって言いたいだけで…」
「会いたくねぇんだったら、電話で郵送先変えるなり伝票無視するなりすりゃいいじゃん。本当は拗ねてるだけの癖に。壮平くん拗らせるとなげぇからだりーわ」
もうその先は覚えていない。身体中の血液が頭に上ったようで、断片的に、届いたプラモの箱を玄関ドアに投げ付けた場面は覚えている。
ーーあれからもう3週間も経つのか…
隔週届く予定の船も、配送先を変更したのか宅配便が届ける様子もない。良かった…ようやく平和が訪れた。よしよし、今日も不在伝票は入っていないー…
「お、ま…え何してんだ」
帰って来た俺を待ち受けるように玄関先にうずくまっている影が、近付いてみれば1ヶ月ぶりに見る馬鹿だと気付いて思わず声が上擦る。
「今日、荷物届く…から。自分で受け取ろうと思って。…したら、迷惑じゃねぇっしょ」
「いつからそこにいたんだ」
「んー…7時~9時の配達だったから、2時間くれぇ?なんかでも、遅れてるみてぇ…」
時計を見てみればもう10時を回っている。この寒空の下、3時間もここにいたのか。
「本当にお前は馬鹿だな…。こんな時間まで来てないんじゃ、今日はもう来ないだろ。帰れよ」
無視して家に上がってしまおうと”退け”と一言告げて扉の前から移動させようと足蹴にする。キーケースから家の鍵を選び、鍵穴に差し込むとーー
衣服の上からでも震えているのが分かるほど、冷えた両腕に抱き竦められた。
「もー許して…ごめん。会いたかった…」
「配達の受け取り以外に会いに来る脳みそはないんだな」
「…星」
「は?」
「…オリオン座?の赤いやつ、爆発して消えてるかもって前に言ってただろ。でも、何万光年も離れてるから、今は見えてるけど、あの先にはもうないかもって。明日には消えてしまうかもしれないから、見えてる間に、沢山見ておきたいって」
「な……」
「今日来るの、望遠鏡だから」
「…は………」
「壮平くんに、誕生日まだ渡してねぇなと思って」
…鳥頭の癖に。鳥頭の癖に、何でそんな話を覚えてるんだ!
目頭が熱くなって来る俺の顔はきっと、馬鹿みたいに情けないんだろう。調子こいた信哉の顔が、近付いて来る。
ーーもう、流されるのはこりごりなんだ……こりごり……