月別アーカイブ: 2017年11月

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side 孝明

彼女と同棲中の部屋から追い出された俺は、そろそろ時計の針も天辺を回るというド深夜にも関わらず、当然のようにあいつの家のドアを叩く。

壁が薄いボロアパートでは階段を上がる音だけで来客が判断出来るのか、二度目のノックを許さず扉は開いた。

「何、孝明…また彼女と喧嘩?」

「うっせぇうっせぇ」

嫌な顔一つせず部屋に上げてくれるこいつは、社会人になってからも唯一繋がりのある高校の同級生。六畳一間の決して広くはないこの小さな箱の中でしか、最近俺は安らげていないのだ。

「で、今日はどしたの」

「これ」

部屋に上がった俺はベッドの縁を背に足を投げ出すようにしてカーペットの上に座り、まるで自分の家のように寛ぐ態勢を取る。そうそうと思い出したように鞄を漁り、小さな水玉模様のポーチを机の上にポイと投げ置く。

「えー、化粧ポーチなんて忘れてく女の子いるんだ」

「いやこれ絶対に冤罪なんだって。お前のだろって言ってもちげぇって言うんだけど、浮気相手のとかじゃねぇと思うんだよなぁ…」

「思うんだよなぁって何」

「金曜の夜の記憶が曖昧でさ…」

「孝明は馬鹿だよなぁ」

「うっせ」

俺が来る直前まで食っていたであろう蜜柑に手をつけて口に運びながら、ポーチをチラと見ると呆れ顔でそいつは言った。俺がどんなにクズでもこいつはなんだかんだ受け入れてくれるから心地いい。

「ゼリー食べる?冷やしといたんだ」

「いつもの手作りの?食う。あれ美味い」

「おっけ、”いつでもあると思うなよ、友とゼリー”」

「”親と金”だし色々と違う」

中身のない会話もこいつとだと楽しい。本当にこの小さな箱が、俺にとっての楽園になりつつある。

 

How to make a miniascape.

 

side —

よし出来上がり。あとは冷蔵庫で冷やすだけ。

きっと今日の夜には来るだろうから、十分間に合うかな。この何の面白みのない六畳一間も、気分が上がれば輝いて見える。

ーーーカンカンカンカンッ

(こんな時間になるとは思わなかったけど、待ってて良かった)

二度目のノックを待たずにドアを開ける。

「何、孝明…また彼女と喧嘩?」

「うっせぇうっせぇ」

今度こそ別れて来るかと予想していたが、どうやらそうでもないらしい。食べかけの蜜柑を口に放り込みながら、何気なく何気なく問い掛ける。

「で、今日はどしたの」

「これ」

「えー、化粧ポーチなんて忘れてく女の子いるんだ」

しまった、中身を見てから言えば良かった。そんな風に内心焦りを見せる僕に気付く様子のない彼は、呑気な顔で話を続けている。随分と平和な頭だよなぁ。まぁそこも好きなのだけど。

「孝明は馬鹿だよなぁ」

「うっせ」

「ゼリー食べる?冷やしといたんだ」

偏食家の孝明が、やけに気に入っているあのゼリーを彼は、いつでも僕が作り置きしていると思い込んでいるらしい。

「”親と金”だし色々違う」

愉快そうに笑う彼のいるこの小さな箱が、狭くて幸せな僕の箱庭。

 

 


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ーーー俺の指が、トモヤさんの背中を撫でる。汗ばんだ肌は肌理が細かく、指腹を軽く押し返してくるその弾力が、夢にまで見た想い人をこの手で抱いているのだという現実を俺に思い知らせる。
少し腰を押し付けただけで、あられもない声が上がる。
「アッ♡そ、そこは…ダメだ…♡」
否定の言葉とは裏腹に、トモヤさんの声は色めかしく艶やかにーーー

四畳もないだろうと思われる、狭くむさ苦しい休憩室で、俺はそのメモ帳を手に青ざめていた。

コンビニウォーズ★ ~駆け引きは恋の始まり~

なぜこれがここにある?いつも帰り際にしっかりと持っているのを確認していたはずだが…??落としたのか??休憩室で?ま、まさか。そんなまさか。…誰かが拾って?ヤバい、いや、中身は見られていないかも…。しかし俺の持ち物と分かるには中身を確認しないとじゃないのか?

頭の中で浮かんでは消えていく言葉たちに翻弄されながら、へろへろとしゃがみ込む。
この狭くて汚い休憩室には、鍵付きロッカーなどという大層なものはない。全品百円の場末のコンビニで店員は男ばかり。みんながみんな、置いてある棚に適当に自分の場所を決め、暗黙の了解のような形でその場所をその人の物として制服などの持ち物置き場にしていた。
昨晩、飲み会のあとで寄って後輩バイトにちょっかいをかけた後、いつも通り家に帰って寝た。
そして出勤してみればこれだ。
俺の秘蔵の私小説(登場人物はもちろん俺と店長)の下書きメモが俺の棚にとてつもない存在感で、置かれている。

表紙には何も書かれていない。俺の物だと判断するには中を見ないとーーーしかし

「林さん」
「ウォッ!?」

突然背後から掛けられた声に仰け反り、そのまま尻餅をつく。思わず握ってしまったズボンの裾を見上げると、バイト仲間の高田がいた。

「あーやっぱりそれ、林さんのですよね」
「………」

こいつはタチが悪い。前のバイトも売り上げをパクって逃げただとかそういう噂のある、いわゆる”やっかみ者”だ。

「…トモヤさんって店長の事スよね」
「……!お前、この事誰にも…!」
「隠しておきたいワルい事ですか?」

高田の制服を掴みながらよじ登るようにして立ち上がった俺はそのまま胸倉を掴もうとするが、さらりと避けられて手が空を切る。

「秘密にしておきたいなら、俺のお願いも聞いてもらおうかな」
「恐喝するつもりかよ…!」
「林さんてホモなの?」
「お前に関係ないだろ…」
「ふーん」

汗の噴き出し方が尋常ではなく、気色が悪くなってきた。永遠とも思える沈黙の後、彼はしたり顔で言う。

「俺もその小説に登場させてよ」
「ハァ!?」

不味い、今の声は事務所にも響いていそうだ。

「お、お、お、とこどうしの、か、か、官能小説なんてお前の登場する隙はないだろ!」

「…ソレってそういう内容だったの?」

は。
頭の中が真っ白になる。さっきまで感じていた気持ちの悪い汗の感触すら、もう感じない。指先も痺れ始めた。どうやら俺は自爆した。恋も人生も終わったようだ。父さん母さん先立つ不幸をお許しくだーーー

「もしかしてメモの中身盗み見したと思ったんスか。俺、昨日の飲み会でアンタに絡まれて、物書きしてるっつってたから…。それ拾ってパラ見して小説ぽかったから多分林さんのかなと思って置いといただけなんだけど。…でも別に、そういう内容でもイイんだけど、俺」

右から左に流れていく言葉が少しずつ、俺はまだ生きていいかもしれないという希望に変わっていく。
遠のきかけていた意識がハッキリしてくると、やっと高田と会話をしてみようかという気にもなってくる。

近過ぎてボヤけていた視界をカメラがピントを調節するようにハッキリさせると、目の前に迫る高田の顔を認識した。
それはもう、唇が触れてしまうほどの近さで。

ーーーあれ?俺はやっぱり死んだのか?

 

 


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最近、朝大学へ行こうと家を出ると、門扉の近くで必ず見かける奴がいる。

軽くメンチを切ってみると、オドオドした様子で去っていく。前髪も長くてだっせぇリュックを背負っていて、よくいるオタクって感じの奴だ。

「あんたいつも俺んちの前で何してんの」

「あ……げ、げげゲームを…」

眼鏡の奥の瞳から怯えがなくなったと感じた頃、不意に会話を交わすようになった。

先に落ちたのは、

奴がやっているのは流行りのモンスターを集めたり戦わせたりするスマホゲーらしく、ゲームをやらない俺でも聞き覚えのあるくらい有名な物だった。流石にこの年では遊ばねぇが…なんとなく奴が楽しそうなのを見ていると、別にそんな趣味も有りかと不思議に思えたものだった。

「君も始めたら?レアな電気系モンスターを開始直後から入手出来る秘密の方法を教えるよ」

半袖から長袖に変わり、会話に慣れてきた奴は小難しい話し方をし、俺にやたらとゲームを勧めるようになった。いつしか朝に、奴と二言三言言葉を交わすのが俺の日常になっていた。

「…あっ!お前また勝手に部屋に入ったのか殺すぞ!」

帰宅して自室に入ると、最近よく俺の部屋に侵入しているらしき弟が人のベッドの上で毛布にくるまり、寝息を立てているのを発見した。テーブルに勝手に置かれていた茶はとっくに冷めている様子で、一体何時間ここに居たんだと声を荒げて目くじらをたてる。

「はいはい今出て行きますよ」

持参した様子の毛布を体に巻き付けたまま、ヤドカリのように出て行こうとする弟を呼び止める。

「お、前…このゲームやった事ある?」

「え?あれっ、兄貴がゲーム、しかもアプリゲーとかめっずらし。どったの」

「いや、…どうも俺に惚れてるっぽい奴がなぁ、このゲームをやたらとススめてくるもんだからよ…」

妙に声がデカくなる俺に、弟がぱちくりと目を瞬かせた後、一拍置いてから歓声を上げる。ようやく事態を理解したようだ。

「マジかよ!うえぇ物好き!知ってるも何も最近俺がずっとやってんの同じやつだよ。兄貴の部屋ってさぁ、家の中だとぎりスポットに入るからついつい常駐しちまってー!」

「………え…?」

遠くで、茶柱が折れるパキッという乾いた音が聞こえた気がした。

 

 


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マットの上に背中を打ちつけ、反動で肺の中の空気を全て吐き出したように喘ぐあいつに歩み寄る。タオルを手渡しながら顔を覗き込むと、太陽光を遮って俺の影があいつの顔に重なる。

『…はぁ、…はぁー…足が引っかかっちまった。あーもー…なんで人間って、カエルじゃないんだろ』

その言葉を聞いて、”なんで蛙?”と思ったものだった。当時の俺達は飛ぶ事ばかりを話題にしていたが、じゃあそれだけ陸上に夢中でいたか?といえばそうでもない。単に他に話す事が思い当たらなかったのかもしれない。

なんで蛙、ただそう一言聞き返せばよかったのに。それすらも出来ないくらいの、見えない壁のようなものが俺達の間にはあった。

 

vertical leap of frogs.

 

陽が傾いて無骨なビル群を斜めからキラキラと輝かせる中、珍しく俺は早上がりし会社を後にした。

いつも渡る橋の真ん中で足を止め、高欄へ背中を凭れさせる。

“蛙 ジャンプ力”

指先で何気なく検索して、雑学のページに飛ぶ。

『カエルがジャンプ出来る高さは自分の体のおよそ20倍。人間に換算すると、30mもの高さ』

…あぁ、そういう事だったのか。

「あれ?せいちんじゃん、せいちん」

聞き覚えのある声に顔を上げるとそこには、少しだけくたびれたジャケットを着た、いつかの蛙男の姿があった。

「え、マジで?マジでせいちん?うわすげぇー偶然。何してんのこんなとこで。えぇー俺?俺はたまたま出張でーー」

俺の名前を変なあだ名で呼ぶ彼に”清彦(きよひこ)だよ”と返す懐かしのフレーズにどこか胸が熱くなる。

今はもうこの街には住んでいないらしい彼は、たまたま立ち寄った取引先の帰りに見知った顔を見付けて声をかけてくれたらしい。

こんなにもスムーズに彼と会話が出来たのか自分は、という驚きは他人になった今だからこそなのか、単に大人になっただけなのかという疑問に収束して消えた。

今なら、話題に。

「…もし人間がみんなカエルになっても、全員のジャンプ力が底上げされるだけなんじゃないか?」

「え?何の話?」

全く何のことを言っているのかサッパリ、という様子の彼の笑い顔に、あの日の自分もこんな顔をしていたのかと、笑わずにはいられなかった。

 

 

 


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