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ーーー絶句。その一言だ。

ひらめくフリル、ふわふわと浮遊感のあるスカートから覗く生っ白い太もも、カチューシャに付けられた二本の長い耳………

キーンコーンカーンコーン…

キーンコーンカーンコーン…

 

Dance with a rubbit.

 

その小さな背中にはまだ不釣り合いに思える大きなランドセルを背負って、上手いこと転ばないようにケンケンパをしながら帰路につく子どもたち。

校門へと流れて行く彼らの波から外れて、校舎裏へと走る影が一つ。小学校時代の俺である。

そう、気付けば俺の意識は過去にタイムスリップしていた。

向かう先にはうさぎ小屋があって、小汚いうさぎ達が何羽飼われているのか、当時の俺には知る由もなかった。放課後になると係でもないのに、甲斐甲斐しく世話をする幼馴染…彼に会うのが目的だった。

「それ、いつも何してんの?」

「うさぎの鼻にねぇ、こうやって、少しだけツバつけてるんだよ」

「何で?ばっちくね?」

「これでぼくの匂いをおぼえてくれるんだ。仲間だって、安心したら、さわるのもいやがらなくなるよ」

「へえー、おまえものしりだな」

理屈もよく分からないままに褒めた俺に向かって、輝くような可憐な笑顔を向けてくれた天使のような彼…。

華奢で小さくてまるで女の子みたいだったのに、中学に入った頃からめきめきと身長が伸び、あっという間に俺を追い越して柔道部のムキムキエースになってしまった彼…。今では過去の片鱗も消え、立派な男(もう漢と言ってもおかしくない)に育ってしまった彼…。

そんな彼とダラダラと友人関係を続け、今では大学生になった彼とルームシェアをする俺…。

小学校時代から変わらず今もあるのは、友情と、俺の恋心のみ。

「こ、これは…、そ、その…」

永遠にも感じられる沈黙を断ち切って切り出された彼の精悍さすら感じる声(今は震えているが)に、意識は一瞬にして現在へ。

彼の姿を改めて見てみると、やはり見間違いでも幻覚でもない。ウサギのメイドさんだ。どこかのカフェで女の子が着ているようなサイズの物を無理やり着ているわけではない事だけは分かる。きっとそういうものがネットにはあるんだろう。ガタイの良い男向けの、そういったーーー…女装用の服が。

「わ、わりぃ、お前、今日はバイトだと思ってて…その、こないだ借りたDVD、今日が確か返却日だったから、えー…お前が忘れてるんなら返して来ようかと、ちょっと取りに入っただけで…」

しどろもどろになってしまう。声は上擦りどんどん早口に。そう、俺は別に何もやましい事があって今日、彼の自室に入ったわけではないのだ。本当にDVDを返してやろうかと、ただそれだけだったのにーーー

「…………」

絶句したままの大男は、その体躯に似合わず俺を怯えたような目で見つめている。

そうか、そうだよな。こんな状況、どんな事情だろうと彼が一番恥ずかしく、辛いに決まってる。俺がたじろいでる場合じゃないんだ。どんな姿になっても、どんな趣味があろうともーー俺の気持ちは変わらない。

そう思った次の瞬間には足が勝手に前へ進む。彼の目前へと詰め寄ると、高めの鼻梁のその先へ、舌先で軽くペロりと唾をつけた。

ガンッッーーー

「…いってぇ…!?」

目の前が真っ白になったと思ったら、視界のすぐ先にカーペットが。どうやら俺は、ウサギのメイドに殴られてぶっ倒れたらしい。

「…な、な、何だ…!?す、すまん…俺」

動揺降り積もるといった感じの彼の声が頭上から聞こえてくる。一体何が起きたか分からないようだ。俺も自分でも分かっていない。

「何で殴るんだよ!?」

「いきなりだったから…驚いて」

「いや驚いてんのこっちですけど!?」

ようやく凍り付いた空気が溶け始めたのが分かる。殴られたのも気にせず、会話を続けねばと口を動かす。

「何で舐めたんだ…!?」

「えぇーっと…お前がガキの頃、言ってたじゃん…鼻先に唾液つけたら、動物が懐くって。それで…その、俺は…お前がそういう、その、女装とかしてても、気にしてないよーというそういう意図で、安心をさせようかと…」

「……そんな事言ったか…?」

エッ覚えてないの?

ま、まぁ…言った本人は記憶にないとか、よくある話っちゃよくある話で…。でも俺それだと、ただいきなり舐めてきた変態みてぇじゃん!

「俺は…その、こういう格好をした方がお前が喜ぶのかと思って…」

「えっ…?」

「お前が言ったんだ!昔…俺の事を、”小さくて可愛くて大好きだよ”って!それで俺…どんどん体もデカくゴツくなるし…お前の趣味から外れてしまうような気がして。こういう格好でもしてみたら少しは可愛くなるのかと」

「………言ったっけ?」

「覚えてないのか!」

言った本人は覚えてないとか、よくある話で……

「別にそんな格好しなくたって、好きだ」

思った以上にスムーズに言葉が出た。

先程まで青ざめていた彼の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。どれだけ彼が変わっても、想いを消さなくて良かった。ガキの頃にすでに伝えていたというその言葉を、改めて伝えられて良かった。

「あ、でも」

「でも?」

「女装のお前も好きだ」

ガンッッ

「何で殴るんだよ!!!」

「恥ずかしい事を言うからだろ!」

…この巨体から繰り出される拳だけは、避けられるようにしなければ。

 

 


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郵便受けから図々しくもはみ出した、その見覚えのある紙を蓋を開ける事なく忌々しげに抜き取った。

『タカセ ノブヤ様宛て』

やっぱりか。吐き出された白い吐息と共に「チッ」という舌打ちが空を舞って消えた。

受け取り主不在を告げる通知に書かれた電話番号に、今年何度目かの電話をかけようとして、手が止まる。

ーーもう流されるのはこりごりだ

Supernova explosion

そのまま×ボタンを押して消去消去消去…その代わりに、何を見るでもなく自然と出てくる数字の並びを打ち込み、スマホに耳を当てる。

「…お、届いてた?」

「届いてねぇよ馬鹿じゃねぇのか。何度俺んちに荷物を注文するなって言ったと思ってんだ。自分で電話を掛けに来いよ」

「あいあーい。んじゃ今か…」

恐ろしく軽いノリの返答に不快感が高まり、最後まで言葉を聞く事なく通話を切る。

「このカーメラ欲しくてさー!一眼レフ。やっと届くわ」

「…先週、俺は、お前に、二度と、そのツラを見せんなと、言ったはずだな?」

馬鹿面引っさげてやってきた信哉の電話が終わるのを待ち、こいつの頭でも理解が及ぶようにゆっくりと伝えてやる。

「えーだって…オレ別れたつもりねんだもん」

嗚呼この鳥頭を引っ叩きたい。

二年半という時間、確かに俺達は恋人として過ごして来た。しかしこいつのこの常識のなさ、いい加減な態度、更には恋人の誕生日すら忘れてしまうような鳥頭っぷりに愛想をつかせて、俺は先週こいつと大喧嘩の末別れたのだった。いや、別れた?つもりだったのに!

「どういうことだよ、お前”分かった”つったじゃねぇか」

「いや、別れてぇ気持ちは”分かった”つう意味」

「ハァ!?」

「だってまだ好きだし…」

「うるせぇよ、別れたっつったら別れたんだよ!用が済んだら出てけよ!」

くそくそッ何でいつもこうなるんだ。気付けばあいつのペースに巻き込まれる…。別れ話すらまともに出来ない頭だったのかと絶望しながら、その場を追い出した。もう金輪際あいつとは関わらないーー

ーーそう思ったはずなのに。

翌週、再び俺は玄関先で、届けられた荷物に重い溜息を吐く事になる。

「どういう事なんだよ…これは」

「えぇ?毎号届くタイタニック号のプラモ…」

「で?これが隔週、”うち”に届くのはなぜなんだ」

「だって申し込んだの月頭だったんだもーんしゃあなくね??別れ話よそくできませーん!」

「何号あるんだこれ」

「えーと、ひゃ、100巻くらい」

「百!?」

パシャッ

突然向けられた眩い光に、何が起きたか分からず目を閉じる。

「わはは、壮平くん変なカオ」

バチィッ

これ見よがしに首から下げた一眼レフで間抜け面を撮られた事に気付いた俺は、間髪入れず馬鹿の顔に一発入れてやった。

「ふざけるのもいい加減にしろ!俺はお前の顔なんか見たくないと何度言ったら…」

「…だったら何でいちいち俺に荷物の受け取りさせに来させるワケ?」

「は…俺は、テメェのした事の尻拭いはテメェでしろって言いたいだけで…」

「会いたくねぇんだったら、電話で郵送先変えるなり伝票無視するなりすりゃいいじゃん。本当は拗ねてるだけの癖に。壮平くん拗らせるとなげぇからだりーわ」

もうその先は覚えていない。身体中の血液が頭に上ったようで、断片的に、届いたプラモの箱を玄関ドアに投げ付けた場面は覚えている。

ーーあれからもう3週間も経つのか…

隔週届く予定の船も、配送先を変更したのか宅配便が届ける様子もない。良かった…ようやく平和が訪れた。よしよし、今日も不在伝票は入っていないー…

「お、ま…え何してんだ」

帰って来た俺を待ち受けるように玄関先にうずくまっている影が、近付いてみれば1ヶ月ぶりに見る馬鹿だと気付いて思わず声が上擦る。

「今日、荷物届く…から。自分で受け取ろうと思って。…したら、迷惑じゃねぇっしょ」

「いつからそこにいたんだ」

「んー…7時~9時の配達だったから、2時間くれぇ?なんかでも、遅れてるみてぇ…」

時計を見てみればもう10時を回っている。この寒空の下、3時間もここにいたのか。

「本当にお前は馬鹿だな…。こんな時間まで来てないんじゃ、今日はもう来ないだろ。帰れよ」

無視して家に上がってしまおうと”退け”と一言告げて扉の前から移動させようと足蹴にする。キーケースから家の鍵を選び、鍵穴に差し込むとーー

衣服の上からでも震えているのが分かるほど、冷えた両腕に抱き竦められた。

「もー許して…ごめん。会いたかった…」

「配達の受け取り以外に会いに来る脳みそはないんだな」

「…星」

「は?」

「…オリオン座?の赤いやつ、爆発して消えてるかもって前に言ってただろ。でも、何万光年も離れてるから、今は見えてるけど、あの先にはもうないかもって。明日には消えてしまうかもしれないから、見えてる間に、沢山見ておきたいって」

「な……」

「今日来るの、望遠鏡だから」

「…は………」

「壮平くんに、誕生日まだ渡してねぇなと思って」

…鳥頭の癖に。鳥頭の癖に、何でそんな話を覚えてるんだ!

目頭が熱くなって来る俺の顔はきっと、馬鹿みたいに情けないんだろう。調子こいた信哉の顔が、近付いて来る。

ーーもう、流されるのはこりごりなんだ……こりごり……

 

 


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”既読:38.7も出た。何か水分買ってきて”

ーーやっ…べぇ…もう1時間も前じゃねぇか。

発熱のせいで軋む身体を思わず持ち上げ起き上がらずにはいられなかった。珍しく風邪を引き、家に何もなく、たまたま休日だった事に胸を撫で下ろした俺は近場に住むダチに連絡を送ったはず…だった。

しかしいつまで経っても返信がない。おかしい、あいつはいつでも暇な筈だとスマホを確認するとまさかの誤送信をやらかしてしまっていた事に気付く。

何がヤバいかって、その相手。

Fever Crisis

オフィスに響くのは俺のキーボードの音と、ブーンというPCの鈍い処理音のみ。…俺はたった一人残されて残業させられる日々に辟易していた。

「…まだ終わらないのか?思ったより使えないんだな」

来た。嫌味課長。就業ギリギリに仕事を積んで行く癖に、なかなか終わらない俺の様子を見に来てはほくそ笑んで行く。胃が痛い。春先に初めて挨拶をした頃はもう少し柔らかい人だと思っていたのに、日毎に嫌味と俺に対する態度の辛辣さが増していく。

ーーもう転職してぇな…。

あの人がオフィスに見に来ると息が詰まる。キーボードを叩く手がどんどん重くなる気がする。

そういえば、先週も珍しくマスクを着けていた課長に「風邪ですか」と問い掛けたのだった。心配した訳ではない。ただ単に、向こうがキツく接してくるからと言って自分が態度を変えるのは癪で、他の人と同じように接する事を心掛けていたからだ。

するとあの人はこう言った。

「君が先週咳込んでいたからな、移されては堪らないから着けているだけだ」

自分でも咳込んでいた事なんて忘れていたのに。人をウイルスかのように言いやがって。

これで仕事も出来ないクズ…だったらまだ『俺の才能を妬んでるだけだ』とか思いようもあったのに、あの人は悔しい程に仕事が出来るから余計に憎らしい。

思い出すだけで吐き気を催してしまう。そう、まさかの誤送信の相手はーーその課長だった。

ヤバいヤバいヤバい!いつ既読になったのかは分からないが送信してからもう1時間以上経ってしまっている。謝らないと。

とりあえず、”すみません、送信先を間違えて送ってしまいました。以後気を付けます。申し訳ありません”と打ち込んで送信ボタンを押したーーその刹那、インターホンの鳴る音が聞こえた…気がした。熱のせいで少し耳が遠くなっている気がする。フラフラと亡霊のように玄関へ向かい、魚眼レンズを覗く。

そこには片手に清涼飲料水のボトルを持ち、腕には重そうなスーパーの袋を引っさげて、もう片手にはスマホを見て何とも情けない表情をしている課長の姿があった。

ーー信じられねぇ。

何度も目をこすってレンズを繰り返し覗く。ここは謝罪か?それともスルーか?なんて考える暇もなく反射的に扉を開けた。

だってーー困ったような表情でドアの前に立ち竦む課長の顔がーーあまりにも真っ赤だったから。

「あの…すいません、上がっていきますか」

掛けた声に、指を滑らせた課長の手から落ちたペットボトルが、足元で小さく跳ねて俺の方へ転がってくるのが…見えた。

 

 


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「あれ?今日どしたの、川本は?」

「しらねぇ。休みじゃね?」

「いや、あそこ座ってんじゃん。普通に来てるよ…そうじゃなくて、いつも一緒に座ってんじゃんどうしたのって意味で聞いた」

ペンをイライラと忙しなくノートに走らせる手を止めさせた橋田の顔を、俺は見上げて睨み付けて答える。適当すぎる返答がツボに入ったらしく、半笑いになりながら橋田は俺の隣へ座る。質問に答える気がないと分かったのか、無視をしてもそれ以上の追及はなかった。

暫くして講義が始まると、講師の老人の聞き取り辛いしゃがれ声とそれをかき消すような女子達の(一応はひそめているらしい)喋り声がホールに響く。

真面目に講義など受ける気にもならない俺はただ、悪戯にノートに線や丸を描いて繋げていく。

こつん。

背中に当たった小さな感触に気付いて嫌な予感が頭によぎる。顔を横に向け、視線だけで背後を見ると、やはりアイツがいつものニヤニヤ顔でこちらを見ていた。

ーー胸糞悪ぃ。

おおよそペンでも投げ付けたんだろうと見当を付けて辺りを見下ろすと、足元に紙が巻かれたハイテックが転がっていた。

「はしだ、はーしーだ、それ悪いけど拾って。なんて書いてある?」

小声で隣の橋田に声を掛け、ペンを拾わせた上でメモも読み上げさせた。

「昼飯後、中庭ベンチ、来ないと死…って書いてある」

馬鹿じゃねぇのかアイツは。そう思いながら橋田に礼を言い、メモを受け取った。

痴話喧嘩はやめろよ、と付け足す橋田の声が聞こえる。何を言ってんだ。痴話喧嘩な訳がない。それを証明する為にもあいつの言い分くらいは聞いて、その上でガツンと言ってやる必要があるかもしれない。

冷静に考え直した俺は、不愉快極まりないが昼休みの呼び出しに応じる事にした。

love through the glass.

そう。俺は怒っている。

この怒りの始まりは…先週の金曜日だった。いつものように川本の阿呆がイースターエッグのお祭りをやろうと言い出した。11月だというのにも関わらず、だ。

そしてどこからともなく阿呆な男女が集まって来て9人になった。当然のように俺も参加していた。…と、言うよりはいつも俺と川本がセットで行動していたため、当然のように巻き込まれた…と言うのが正しい。

川本の阿呆は会が盛り上がってきたところで王様ゲームをやろうと言い出した。隠したたまごを探したりするんじゃねぇのかよと思いつつも流れに逆らえず参加し…何故か俺は運悪く引いた数字の呪いによって川本と「ガラス越しのキス」をする羽目になった。

まさかこの為だけに用意したんじゃねぇかと思うようなプラスチック製の透明板を挟んで、俺と川本はーーその瞬間、俺の唇が触れたものは、無機質なプラスチックの板ではなかった。

温かな、人肌の柔らかさだった。川本は、キスの瞬間に板をずらし、本当に俺とキスをしていた。

女性陣の黄色い声と男達の「ウェッ」というわざとらしい声が遠巻きに聞こえて…

その後のことはよく覚えていないが、俺は1人でキレて帰った気がする。それ以降、土日を挟み3桁を超えた川本からのラインをいまだ既読にしないまま俺は大学へ来た。そして今に至る。

「あーっ!やっと来た!おっまえ何でライン無視すんの?俺だって暇じゃないんだよ?なのに送ってんだぞ?」

「いいから用件を言え」

中庭の人気のないベンチに座って俺を待っていた様子の川本は、相変わらず阿呆ほどノリが軽い。隣に座る様子を見せない俺に痺れを切らせて、川本は話の続きをし始める。

「いやー、だからこないだの事だろ?キスだろ?怒ってんだろ?ちゃんと説明してやろうと思ってさぁ」

「…」

「えりちゃんいるじゃん、えりちゃん。英科の」

「は?」

「来てただろーがぁ、この前ー」

「知りもしない女の事なんて覚えてるわけねぇだろ」

「えぇー、一番可愛かった子だよ、セミロングの。ハーフ顔でさ」

「良いから続きを話せ」

「だからぁー、そのえりちゃんを狙ってるヤツがいてー。加瀬ってヤツなんだけど。同じく英科の」

「…」

だんだん怒りから情けなさに変わって来て、拳がぶるぶると震え出す。泣きたくなるようなこの気持ちはなんだ。

「えりちゃんがさ、なんと俺を狙ってるってその加瀬クンが言うわけよ。それでーああいう作戦に出たわけ」

「作戦だ?」

「わかんねぇ?男同士のキスをさぁ、見せてさぁ、俺から諦めさせようとかって、そういう系のアレ」

「その為に仕組んだわけか、お前は」

「まぁそうなんだけどー…たかがキスじゃん?何をそんなキレちゃってんのって…」

ばきっ

あまり聞き慣れない音が響いて、俺の右拳が奴の左頬にヒットしたのだと気付く。川本は倒れそうになる上体をベンチに手をついて支え、ぽかんと口を開けて地面を見ていた。

ーー殴られた顔も阿呆だ。

「たかがキスで何でここまで怒ってるかって?俺が知りてぇよ!」

吐き捨てるように言ってその場を去る。このままあの場にいたら情けなく泣き出してしまうかもしれないからだ。

答えは出ずとも、俺はこれだけは気付いてしまった。ヤツのこの呼び出しに、何か意味があると期待していた自分に。

じんじんと、後になって思い出したように傷みだす右拳の事を、なるべく考えないようにしながら俺は大学を後にした。

 

 


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なんとなく、あるよね。

友達同士でも奇数で集まると1人余る…とかさ。いつの間にか他の人たちが妙に仲良くなってたりして。ちょっとだけ、疎外感と言うか…ヤキモチに近いような事を…思ったり。

朝露を乗せた葉たちがきらめく茶畑がどんどんと後ろへ流れ行く景色を窓越しに眺めながら、そんな事を考えていた。

がたん、ごとん。がたん、ごとん。

電車特有の心地良い揺れと陽射しの暖かさに、微睡み閉じた瞼の裏に太樹(タイキ)と尋(ヒロ)の顔を浮かべる。

茶畑が延々と広がり、一番近くのコンビニへ行くのですら車で30分もかかるような秘境の村に僕達三人は生まれ育った。

ずっと…一緒だと思ったのになぁ。

高校を出たら家の農業を手伝うものだとばかり思っていたのに、あの2人は電車を何本も乗り継いで新幹線にも乗らなければ日が落ちるまでには辿り着けないような、都会の大学へ行ってしまった。…僕ひとりを残して。少しだけ感じる苛立ちに、眉根が寄ってしまう。

早朝に家を出たのにも関わらず、すっかり日も暮れた頃に僕は、2人が「るーむしぇあ」をしているというアパートに訪れた。

「うぉーこうちゃん!久しぶり!よく来たなー疲れただろ。とりあえず寛いで寛いで。飲み物持って来るから」

「こうちゃん来るって聞いて慌てて片付けたんだ。コタツへどうぞ?」

「ありがとう、2人とも。お構いなく。去年の冬に来てそれっきりだから…一年ぶりくらいにはなるのかな?あ、これお土産。今年も柿がなったから」

太樹は相変わらず元気で騒がしいし、尋は上品な雰囲気がカッコいい。促されるままにコタツに入ると、何やら2人はキッチンで準備をしてくれている。しばらく経って運ばれて来た飲み物に、僕は目を丸くする。

「あれ…たいちゃんお酒飲むの?」

「そうなんだよ。太樹の奴ハタチになった途端酒豪になってさぁ。酔っ払うと面倒臭いんだぜ?」

「ふーん」

「ウルセェなぁ。酒が1ミリも飲めないお子ちゃまになら何言われても平気だオレは。はい、尋はホットミルクなー」

太樹。尋。あだ名ではなく名前を呼び捨てし、ごく自然な流れでお互いの飲み物を用意し合う二人の様子に、心臓の辺りを針でチクりと刺されたような感覚を覚えた。そうか、もう二十歳も過ぎてるんだからお酒くらい飲むよね。大人だからあだ名なんか使わないんだ。

沈んだ気持ちに自分でも気付かないままに、当たり障りのない会話をする。そう、例えば実家の犬が逃げ出して隣町で発見されたとか、農作業はそれなりに楽しくやっているとか、そんなどうでもいい僕の話を二人はうんうんと聞いてくれる。

「あ、そろそろ」

「オッケー待ってろ」

「?」

「こうちゃんにサプライズ!二十歳のお祝いまだだったから、じゃーん!ケーキがあります!」

僕は今、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしているに違いない。目頭が熱くなり瞳に膜が張ると、それを誤魔化すように目をこする。

「エーッ何嬉し泣き?」

「ち、違うよゴミが入ったんだ」

「ふ、ティッシュいる?」

優しくて楽しいいつもの二人なのに、心のモヤモヤは大きくなるばかり。息が苦しい。

なんとなく、あるよね。

友達同士でも奇数で集まると1人余る…とかさ。いつの間にか他の人たちが妙に仲良くなってたりして。

ちょっとだけ、…ヤキモチに近いような事を…思ったり。

――僕は今、どちらに妬いてるんだろう。

 

 


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side 孝明

彼女と同棲中の部屋から追い出された俺は、そろそろ時計の針も天辺を回るというド深夜にも関わらず、当然のようにあいつの家のドアを叩く。

壁が薄いボロアパートでは階段を上がる音だけで来客が判断出来るのか、二度目のノックを許さず扉は開いた。

「何、孝明…また彼女と喧嘩?」

「うっせぇうっせぇ」

嫌な顔一つせず部屋に上げてくれるこいつは、社会人になってからも唯一繋がりのある高校の同級生。六畳一間の決して広くはないこの小さな箱の中でしか、最近俺は安らげていないのだ。

「で、今日はどしたの」

「これ」

部屋に上がった俺はベッドの縁を背に足を投げ出すようにしてカーペットの上に座り、まるで自分の家のように寛ぐ態勢を取る。そうそうと思い出したように鞄を漁り、小さな水玉模様のポーチを机の上にポイと投げ置く。

「えー、化粧ポーチなんて忘れてく女の子いるんだ」

「いやこれ絶対に冤罪なんだって。お前のだろって言ってもちげぇって言うんだけど、浮気相手のとかじゃねぇと思うんだよなぁ…」

「思うんだよなぁって何」

「金曜の夜の記憶が曖昧でさ…」

「孝明は馬鹿だよなぁ」

「うっせ」

俺が来る直前まで食っていたであろう蜜柑に手をつけて口に運びながら、ポーチをチラと見ると呆れ顔でそいつは言った。俺がどんなにクズでもこいつはなんだかんだ受け入れてくれるから心地いい。

「ゼリー食べる?冷やしといたんだ」

「いつもの手作りの?食う。あれ美味い」

「おっけ、”いつでもあると思うなよ、友とゼリー”」

「”親と金”だし色々と違う」

中身のない会話もこいつとだと楽しい。本当にこの小さな箱が、俺にとっての楽園になりつつある。

 

How to make a miniascape.

 

side —

よし出来上がり。あとは冷蔵庫で冷やすだけ。

きっと今日の夜には来るだろうから、十分間に合うかな。この何の面白みのない六畳一間も、気分が上がれば輝いて見える。

ーーーカンカンカンカンッ

(こんな時間になるとは思わなかったけど、待ってて良かった)

二度目のノックを待たずにドアを開ける。

「何、孝明…また彼女と喧嘩?」

「うっせぇうっせぇ」

今度こそ別れて来るかと予想していたが、どうやらそうでもないらしい。食べかけの蜜柑を口に放り込みながら、何気なく何気なく問い掛ける。

「で、今日はどしたの」

「これ」

「えー、化粧ポーチなんて忘れてく女の子いるんだ」

しまった、中身を見てから言えば良かった。そんな風に内心焦りを見せる僕に気付く様子のない彼は、呑気な顔で話を続けている。随分と平和な頭だよなぁ。まぁそこも好きなのだけど。

「孝明は馬鹿だよなぁ」

「うっせ」

「ゼリー食べる?冷やしといたんだ」

偏食家の孝明が、やけに気に入っているあのゼリーを彼は、いつでも僕が作り置きしていると思い込んでいるらしい。

「”親と金”だし色々違う」

愉快そうに笑う彼のいるこの小さな箱が、狭くて幸せな僕の箱庭。

 

 


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ーーー俺の指が、トモヤさんの背中を撫でる。汗ばんだ肌は肌理が細かく、指腹を軽く押し返してくるその弾力が、夢にまで見た想い人をこの手で抱いているのだという現実を俺に思い知らせる。
少し腰を押し付けただけで、あられもない声が上がる。
「アッ♡そ、そこは…ダメだ…♡」
否定の言葉とは裏腹に、トモヤさんの声は色めかしく艶やかにーーー

四畳もないだろうと思われる、狭くむさ苦しい休憩室で、俺はそのメモ帳を手に青ざめていた。

コンビニウォーズ★ ~駆け引きは恋の始まり~

なぜこれがここにある?いつも帰り際にしっかりと持っているのを確認していたはずだが…??落としたのか??休憩室で?ま、まさか。そんなまさか。…誰かが拾って?ヤバい、いや、中身は見られていないかも…。しかし俺の持ち物と分かるには中身を確認しないとじゃないのか?

頭の中で浮かんでは消えていく言葉たちに翻弄されながら、へろへろとしゃがみ込む。
この狭くて汚い休憩室には、鍵付きロッカーなどという大層なものはない。全品百円の場末のコンビニで店員は男ばかり。みんながみんな、置いてある棚に適当に自分の場所を決め、暗黙の了解のような形でその場所をその人の物として制服などの持ち物置き場にしていた。
昨晩、飲み会のあとで寄って後輩バイトにちょっかいをかけた後、いつも通り家に帰って寝た。
そして出勤してみればこれだ。
俺の秘蔵の私小説(登場人物はもちろん俺と店長)の下書きメモが俺の棚にとてつもない存在感で、置かれている。

表紙には何も書かれていない。俺の物だと判断するには中を見ないとーーーしかし

「林さん」
「ウォッ!?」

突然背後から掛けられた声に仰け反り、そのまま尻餅をつく。思わず握ってしまったズボンの裾を見上げると、バイト仲間の高田がいた。

「あーやっぱりそれ、林さんのですよね」
「………」

こいつはタチが悪い。前のバイトも売り上げをパクって逃げただとかそういう噂のある、いわゆる”やっかみ者”だ。

「…トモヤさんって店長の事スよね」
「……!お前、この事誰にも…!」
「隠しておきたいワルい事ですか?」

高田の制服を掴みながらよじ登るようにして立ち上がった俺はそのまま胸倉を掴もうとするが、さらりと避けられて手が空を切る。

「秘密にしておきたいなら、俺のお願いも聞いてもらおうかな」
「恐喝するつもりかよ…!」
「林さんてホモなの?」
「お前に関係ないだろ…」
「ふーん」

汗の噴き出し方が尋常ではなく、気色が悪くなってきた。永遠とも思える沈黙の後、彼はしたり顔で言う。

「俺もその小説に登場させてよ」
「ハァ!?」

不味い、今の声は事務所にも響いていそうだ。

「お、お、お、とこどうしの、か、か、官能小説なんてお前の登場する隙はないだろ!」

「…ソレってそういう内容だったの?」

は。
頭の中が真っ白になる。さっきまで感じていた気持ちの悪い汗の感触すら、もう感じない。指先も痺れ始めた。どうやら俺は自爆した。恋も人生も終わったようだ。父さん母さん先立つ不幸をお許しくだーーー

「もしかしてメモの中身盗み見したと思ったんスか。俺、昨日の飲み会でアンタに絡まれて、物書きしてるっつってたから…。それ拾ってパラ見して小説ぽかったから多分林さんのかなと思って置いといただけなんだけど。…でも別に、そういう内容でもイイんだけど、俺」

右から左に流れていく言葉が少しずつ、俺はまだ生きていいかもしれないという希望に変わっていく。
遠のきかけていた意識がハッキリしてくると、やっと高田と会話をしてみようかという気にもなってくる。

近過ぎてボヤけていた視界をカメラがピントを調節するようにハッキリさせると、目の前に迫る高田の顔を認識した。
それはもう、唇が触れてしまうほどの近さで。

ーーーあれ?俺はやっぱり死んだのか?

 

 


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最近、朝大学へ行こうと家を出ると、門扉の近くで必ず見かける奴がいる。

軽くメンチを切ってみると、オドオドした様子で去っていく。前髪も長くてだっせぇリュックを背負っていて、よくいるオタクって感じの奴だ。

「あんたいつも俺んちの前で何してんの」

「あ……げ、げげゲームを…」

眼鏡の奥の瞳から怯えがなくなったと感じた頃、不意に会話を交わすようになった。

先に落ちたのは、

奴がやっているのは流行りのモンスターを集めたり戦わせたりするスマホゲーらしく、ゲームをやらない俺でも聞き覚えのあるくらい有名な物だった。流石にこの年では遊ばねぇが…なんとなく奴が楽しそうなのを見ていると、別にそんな趣味も有りかと不思議に思えたものだった。

「君も始めたら?レアな電気系モンスターを開始直後から入手出来る秘密の方法を教えるよ」

半袖から長袖に変わり、会話に慣れてきた奴は小難しい話し方をし、俺にやたらとゲームを勧めるようになった。いつしか朝に、奴と二言三言言葉を交わすのが俺の日常になっていた。

「…あっ!お前また勝手に部屋に入ったのか殺すぞ!」

帰宅して自室に入ると、最近よく俺の部屋に侵入しているらしき弟が人のベッドの上で毛布にくるまり、寝息を立てているのを発見した。テーブルに勝手に置かれていた茶はとっくに冷めている様子で、一体何時間ここに居たんだと声を荒げて目くじらをたてる。

「はいはい今出て行きますよ」

持参した様子の毛布を体に巻き付けたまま、ヤドカリのように出て行こうとする弟を呼び止める。

「お、前…このゲームやった事ある?」

「え?あれっ、兄貴がゲーム、しかもアプリゲーとかめっずらし。どったの」

「いや、…どうも俺に惚れてるっぽい奴がなぁ、このゲームをやたらとススめてくるもんだからよ…」

妙に声がデカくなる俺に、弟がぱちくりと目を瞬かせた後、一拍置いてから歓声を上げる。ようやく事態を理解したようだ。

「マジかよ!うえぇ物好き!知ってるも何も最近俺がずっとやってんの同じやつだよ。兄貴の部屋ってさぁ、家の中だとぎりスポットに入るからついつい常駐しちまってー!」

「………え…?」

遠くで、茶柱が折れるパキッという乾いた音が聞こえた気がした。

 

 


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マットの上に背中を打ちつけ、反動で肺の中の空気を全て吐き出したように喘ぐあいつに歩み寄る。タオルを手渡しながら顔を覗き込むと、太陽光を遮って俺の影があいつの顔に重なる。

『…はぁ、…はぁー…足が引っかかっちまった。あーもー…なんで人間って、カエルじゃないんだろ』

その言葉を聞いて、”なんで蛙?”と思ったものだった。当時の俺達は飛ぶ事ばかりを話題にしていたが、じゃあそれだけ陸上に夢中でいたか?といえばそうでもない。単に他に話す事が思い当たらなかったのかもしれない。

なんで蛙、ただそう一言聞き返せばよかったのに。それすらも出来ないくらいの、見えない壁のようなものが俺達の間にはあった。

 

vertical leap of frogs.

 

陽が傾いて無骨なビル群を斜めからキラキラと輝かせる中、珍しく俺は早上がりし会社を後にした。

いつも渡る橋の真ん中で足を止め、高欄へ背中を凭れさせる。

“蛙 ジャンプ力”

指先で何気なく検索して、雑学のページに飛ぶ。

『カエルがジャンプ出来る高さは自分の体のおよそ20倍。人間に換算すると、30mもの高さ』

…あぁ、そういう事だったのか。

「あれ?せいちんじゃん、せいちん」

聞き覚えのある声に顔を上げるとそこには、少しだけくたびれたジャケットを着た、いつかの蛙男の姿があった。

「え、マジで?マジでせいちん?うわすげぇー偶然。何してんのこんなとこで。えぇー俺?俺はたまたま出張でーー」

俺の名前を変なあだ名で呼ぶ彼に”清彦(きよひこ)だよ”と返す懐かしのフレーズにどこか胸が熱くなる。

今はもうこの街には住んでいないらしい彼は、たまたま立ち寄った取引先の帰りに見知った顔を見付けて声をかけてくれたらしい。

こんなにもスムーズに彼と会話が出来たのか自分は、という驚きは他人になった今だからこそなのか、単に大人になっただけなのかという疑問に収束して消えた。

今なら、話題に。

「…もし人間がみんなカエルになっても、全員のジャンプ力が底上げされるだけなんじゃないか?」

「え?何の話?」

全く何のことを言っているのかサッパリ、という様子の彼の笑い顔に、あの日の自分もこんな顔をしていたのかと、笑わずにはいられなかった。

 

 

 


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