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ーーー俺の指が、トモヤさんの背中を撫でる。汗ばんだ肌は肌理が細かく、指腹を軽く押し返してくるその弾力が、夢にまで見た想い人をこの手で抱いているのだという現実を俺に思い知らせる。
少し腰を押し付けただけで、あられもない声が上がる。
「アッ♡そ、そこは…ダメだ…♡」
否定の言葉とは裏腹に、トモヤさんの声は色めかしく艶やかにーーー

四畳もないだろうと思われる、狭くむさ苦しい休憩室で、俺はそのメモ帳を手に青ざめていた。

コンビニウォーズ★ ~駆け引きは恋の始まり~

なぜこれがここにある?いつも帰り際にしっかりと持っているのを確認していたはずだが…??落としたのか??休憩室で?ま、まさか。そんなまさか。…誰かが拾って?ヤバい、いや、中身は見られていないかも…。しかし俺の持ち物と分かるには中身を確認しないとじゃないのか?

頭の中で浮かんでは消えていく言葉たちに翻弄されながら、へろへろとしゃがみ込む。
この狭くて汚い休憩室には、鍵付きロッカーなどという大層なものはない。全品百円の場末のコンビニで店員は男ばかり。みんながみんな、置いてある棚に適当に自分の場所を決め、暗黙の了解のような形でその場所をその人の物として制服などの持ち物置き場にしていた。
昨晩、飲み会のあとで寄って後輩バイトにちょっかいをかけた後、いつも通り家に帰って寝た。
そして出勤してみればこれだ。
俺の秘蔵の私小説(登場人物はもちろん俺と店長)の下書きメモが俺の棚にとてつもない存在感で、置かれている。

表紙には何も書かれていない。俺の物だと判断するには中を見ないとーーーしかし

「林さん」
「ウォッ!?」

突然背後から掛けられた声に仰け反り、そのまま尻餅をつく。思わず握ってしまったズボンの裾を見上げると、バイト仲間の高田がいた。

「あーやっぱりそれ、林さんのですよね」
「………」

こいつはタチが悪い。前のバイトも売り上げをパクって逃げただとかそういう噂のある、いわゆる”やっかみ者”だ。

「…トモヤさんって店長の事スよね」
「……!お前、この事誰にも…!」
「隠しておきたいワルい事ですか?」

高田の制服を掴みながらよじ登るようにして立ち上がった俺はそのまま胸倉を掴もうとするが、さらりと避けられて手が空を切る。

「秘密にしておきたいなら、俺のお願いも聞いてもらおうかな」
「恐喝するつもりかよ…!」
「林さんてホモなの?」
「お前に関係ないだろ…」
「ふーん」

汗の噴き出し方が尋常ではなく、気色が悪くなってきた。永遠とも思える沈黙の後、彼はしたり顔で言う。

「俺もその小説に登場させてよ」
「ハァ!?」

不味い、今の声は事務所にも響いていそうだ。

「お、お、お、とこどうしの、か、か、官能小説なんてお前の登場する隙はないだろ!」

「…ソレってそういう内容だったの?」

は。
頭の中が真っ白になる。さっきまで感じていた気持ちの悪い汗の感触すら、もう感じない。指先も痺れ始めた。どうやら俺は自爆した。恋も人生も終わったようだ。父さん母さん先立つ不幸をお許しくだーーー

「もしかしてメモの中身盗み見したと思ったんスか。俺、昨日の飲み会でアンタに絡まれて、物書きしてるっつってたから…。それ拾ってパラ見して小説ぽかったから多分林さんのかなと思って置いといただけなんだけど。…でも別に、そういう内容でもイイんだけど、俺」

右から左に流れていく言葉が少しずつ、俺はまだ生きていいかもしれないという希望に変わっていく。
遠のきかけていた意識がハッキリしてくると、やっと高田と会話をしてみようかという気にもなってくる。

近過ぎてボヤけていた視界をカメラがピントを調節するようにハッキリさせると、目の前に迫る高田の顔を認識した。
それはもう、唇が触れてしまうほどの近さで。

ーーーあれ?俺はやっぱり死んだのか?

 

 


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