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マットの上に背中を打ちつけ、反動で肺の中の空気を全て吐き出したように喘ぐあいつに歩み寄る。タオルを手渡しながら顔を覗き込むと、太陽光を遮って俺の影があいつの顔に重なる。

『…はぁ、…はぁー…足が引っかかっちまった。あーもー…なんで人間って、カエルじゃないんだろ』

その言葉を聞いて、”なんで蛙?”と思ったものだった。当時の俺達は飛ぶ事ばかりを話題にしていたが、じゃあそれだけ陸上に夢中でいたか?といえばそうでもない。単に他に話す事が思い当たらなかったのかもしれない。

なんで蛙、ただそう一言聞き返せばよかったのに。それすらも出来ないくらいの、見えない壁のようなものが俺達の間にはあった。

 

vertical leap of frogs.

 

陽が傾いて無骨なビル群を斜めからキラキラと輝かせる中、珍しく俺は早上がりし会社を後にした。

いつも渡る橋の真ん中で足を止め、高欄へ背中を凭れさせる。

“蛙 ジャンプ力”

指先で何気なく検索して、雑学のページに飛ぶ。

『カエルがジャンプ出来る高さは自分の体のおよそ20倍。人間に換算すると、30mもの高さ』

…あぁ、そういう事だったのか。

「あれ?せいちんじゃん、せいちん」

聞き覚えのある声に顔を上げるとそこには、少しだけくたびれたジャケットを着た、いつかの蛙男の姿があった。

「え、マジで?マジでせいちん?うわすげぇー偶然。何してんのこんなとこで。えぇー俺?俺はたまたま出張でーー」

俺の名前を変なあだ名で呼ぶ彼に”清彦(きよひこ)だよ”と返す懐かしのフレーズにどこか胸が熱くなる。

今はもうこの街には住んでいないらしい彼は、たまたま立ち寄った取引先の帰りに見知った顔を見付けて声をかけてくれたらしい。

こんなにもスムーズに彼と会話が出来たのか自分は、という驚きは他人になった今だからこそなのか、単に大人になっただけなのかという疑問に収束して消えた。

今なら、話題に。

「…もし人間がみんなカエルになっても、全員のジャンプ力が底上げされるだけなんじゃないか?」

「え?何の話?」

全く何のことを言っているのかサッパリ、という様子の彼の笑い顔に、あの日の自分もこんな顔をしていたのかと、笑わずにはいられなかった。

 

 

 


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