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”既読:38.7も出た。何か水分買ってきて”

ーーやっ…べぇ…もう1時間も前じゃねぇか。

発熱のせいで軋む身体を思わず持ち上げ起き上がらずにはいられなかった。珍しく風邪を引き、家に何もなく、たまたま休日だった事に胸を撫で下ろした俺は近場に住むダチに連絡を送ったはず…だった。

しかしいつまで経っても返信がない。おかしい、あいつはいつでも暇な筈だとスマホを確認するとまさかの誤送信をやらかしてしまっていた事に気付く。

何がヤバいかって、その相手。

Fever Crisis

オフィスに響くのは俺のキーボードの音と、ブーンというPCの鈍い処理音のみ。…俺はたった一人残されて残業させられる日々に辟易していた。

「…まだ終わらないのか?思ったより使えないんだな」

来た。嫌味課長。就業ギリギリに仕事を積んで行く癖に、なかなか終わらない俺の様子を見に来てはほくそ笑んで行く。胃が痛い。春先に初めて挨拶をした頃はもう少し柔らかい人だと思っていたのに、日毎に嫌味と俺に対する態度の辛辣さが増していく。

ーーもう転職してぇな…。

あの人がオフィスに見に来ると息が詰まる。キーボードを叩く手がどんどん重くなる気がする。

そういえば、先週も珍しくマスクを着けていた課長に「風邪ですか」と問い掛けたのだった。心配した訳ではない。ただ単に、向こうがキツく接してくるからと言って自分が態度を変えるのは癪で、他の人と同じように接する事を心掛けていたからだ。

するとあの人はこう言った。

「君が先週咳込んでいたからな、移されては堪らないから着けているだけだ」

自分でも咳込んでいた事なんて忘れていたのに。人をウイルスかのように言いやがって。

これで仕事も出来ないクズ…だったらまだ『俺の才能を妬んでるだけだ』とか思いようもあったのに、あの人は悔しい程に仕事が出来るから余計に憎らしい。

思い出すだけで吐き気を催してしまう。そう、まさかの誤送信の相手はーーその課長だった。

ヤバいヤバいヤバい!いつ既読になったのかは分からないが送信してからもう1時間以上経ってしまっている。謝らないと。

とりあえず、”すみません、送信先を間違えて送ってしまいました。以後気を付けます。申し訳ありません”と打ち込んで送信ボタンを押したーーその刹那、インターホンの鳴る音が聞こえた…気がした。熱のせいで少し耳が遠くなっている気がする。フラフラと亡霊のように玄関へ向かい、魚眼レンズを覗く。

そこには片手に清涼飲料水のボトルを持ち、腕には重そうなスーパーの袋を引っさげて、もう片手にはスマホを見て何とも情けない表情をしている課長の姿があった。

ーー信じられねぇ。

何度も目をこすってレンズを繰り返し覗く。ここは謝罪か?それともスルーか?なんて考える暇もなく反射的に扉を開けた。

だってーー困ったような表情でドアの前に立ち竦む課長の顔がーーあまりにも真っ赤だったから。

「あの…すいません、上がっていきますか」

掛けた声に、指を滑らせた課長の手から落ちたペットボトルが、足元で小さく跳ねて俺の方へ転がってくるのが…見えた。

 

 


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